鐘ケ江織代(かねがえ おりよ)
ミュージックアドバイザー
「答えのない世界で,自分で考え,試行錯誤する」
公共施設(コンサートホール/劇場など)で約10年、アートマネージャーとして多くの舞台芸術やコンサートの企画制作、ワークショップなどの普及・育成事業などに取り組んで参りました。アートマネージャーは一般的な言葉ではないかもしれませんが、「アートと社会をつなぐ人」と自覚しています。アートの中でも音楽、その中でも<現代音楽>を中心に西洋音楽(クラシック音楽)の系譜にある現代―今を生きる作曲家、演奏家、作品―をどのように社会と結びつけるか、ということを考え、活動しています。
とはいえ、公共施設の職員時代は「アートと社会をつなぐ」と豪語しながらも、普段の業務に忙殺されるばかり。キャリアを重ねつつも常に「社会って何? 漠然に社会と言ってもなんの説得力もない。説明できない」という危機感を抱えていました。その思いに耐えきれず、社会というものを知りたい、立ち止まって考えたい、と大学院で学ぶことを決意(2020年3月に修了)。修士論文では「アートに全く関心も関わりもない人々が、どのように関わるのか?」という関心の元、英語学校に集った受講生たちが、必修科目で英語劇を自分たちで作り上げる過程をフィールドワークしました。
<素人が素人だけで一から演劇を作る>という過程で見たものは、何が正解かはっきりとわからない中でも、自分たちで考え、試行錯誤し、失敗しながらもそこからヒントを得て前に進むというプロセスでした。そして、そこに集う人々に新しい音楽や音を生み出そうとする姿と重なるものを感じました。「アート」にはこれが正解! というものがない抽象的な世界です。しかし、我々の日常も、実は正解があることなんて無いに等しいと思いませんか? 誰もが失敗や嫌な思いをすることなく正解の道筋を教えてくれたら良いのにな、と思うところですが、仕事や人生においてはそうはいきません。アートとは、答えを教えてくれるわけではない日常を生きるための思考に刺激を与えてくれるもの! 人間に必要な存在として受け継がれ、あたらしい道を常に歩み続けるものであると考えています。
「なぜ、自分はそう感じたのか」
と言いつつも、答えのない世界に直面した時「わからない・理解できない」という感情はあまり気持ちの良いものではありません。しかし、実は感情がぐらついた時こそチャンス。ポジティブなこともネガティブなことも、それに向き合い開示してみると「自分と他者は違う」から出発し、新しい発想が生まれるきっかけになる、と確信しています。この文章をお読みいただいた方の中でも「現代音楽って何?」と思われた方もいらっしゃると思います。正直なところ、私もよくわかりません(!) なぜならば、今までにない新しい音楽・音・表現などは、道なき道を進む過程であり、その先は誰にもわからない未知なる世界だからです。現代音楽の源流である音楽家、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンやショパンなど、誰もが知る巨匠たちに当てはめてみても、今となってはその偉大さを理解することはできますが、当時は斬新な表現の開拓者であり、チャレンジャーでした。自分にとっては<よくわからない>かもしれないが、それは新しい道を開拓するプロセスなのかもしれない。<現代音楽>はそんなワクワクする刺激を与えてくれるでしょう。
「現代音楽なんてわかんない!」 と思った時こそチャンス!
しかし、自分の感情や考え、特に<わからない>という感情を丁寧に扱いながら対象と向き合う行為は、日常、特に仕事中は難しいかもしれません。だからこそ「非日常的に新しい芸術や現代音楽と呼ばれる世界に触れることで楽しみながら体験する」ということが可能となります。これからの時代、コロナ禍が象徴するように今までの常識が覆り、多様性という言葉が表せないほど混沌とした社会状況が予想されます。個々の違いに気づき、その違いを生かしながら創造的な力を発揮する場がより一層求められるでしょう。どんな時代になろうとも、前を向いて一人一人が自分とそして他者と向き合いながら生きる社会に現代音楽プログラムが貢献できるよう努めてまいりたいと思います。
桐朋学園大学卒業(音楽学)。滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール、京都コンサートホールの各事業課を経て、トーキョーワンダーサイト(現トーキョーアーツアンドスペース)では「若手のための現代音楽企画ゼミ」を企画するなど、コンサートやワークショップの企画・制作、若手クリエーターの育成・支援事業等に携わる。その後、青山学院大学大学院社会情報学研究科博士前期課程ヒューマンイノベーションコースにて質的研究を学び、2020年3月修了(学術修士)。国立音楽大学「アートマネジメント実習1」、東京大学全学自由研究ゼミナール「教養としての芸術学」ゲスト講師、東京大学公開セミナー「実践から学ぶアートマネジメント~企画を考えてみよう」の講師を務める。現在、作曲家、学習環境デザイン研究者と結成したパレイドリアンを主宰する他、アートマネージャー、コーディネーター、リサーチャーとしても独自の活動を展開している。